ついに発売された。これは紹介しないわけにはいかない。著者は2015年に圧巻の『東チベットの宗教空間』を発表した川田進教授(大阪工大)。ラルンガル・ゴンパだけでまるまる1冊、ほぼ20年にわたる(でいいのかな)フィールドワークの成果が詰まった新作だ。タイトルに「旅」とあるように、学術的な裏付けはきちんとおさえつつ、思い入れたっぷりの紀行としても楽しめるので、旅好きな方にもぜひ読んでほしい。
チベット最大と言われる仏教僧院ラルンガル・ゴンパについては、今年3月、NHKで放送されたドキュメンタリー「改善か 信仰か 〜激動チベット3年の記録〜」をご覧になった方もいるだろう(今もNHKオンデマンドで見られる)。なんだか肝心なことをわざと言わないプレイをしているような感じの。110分のテレビ番組では伝わりようもない背景や数奇な歴史、より多様な魅力を、本書では存分に知ることができる。
個人的に嬉しいのは、ラルンガルについて体系的に書かれた本が、ついに日本語で読めるようになったことだ。自分の名前が頻繁に登場する気持ち悪さ(笑)があったり、ときどきチベット語のカタカナ表記が不思議だったりもするが、そんな細かいことはどうでもいい。
初めてラルンガルに行った1997年といえば、インターネット普及前。英語のガイドブックに少し記載があった以外は、現地で聞く曖昧な話が頼りだった。そして、現地で聞く話が事実とは限らず、混乱に拍車をかけた。その後も裏付けのある体系的な情報が、入手しやすい形で広まることはなかった。そう、本書が出るまでは。今はなき雑誌『火鍋子』や『東チベットの宗教空間』の記述だけでけっこう嬉しかったのだが、今回、本当にまとまった形で読むことができ、ラルンガルファン(?)としては感慨深い。
あと、2002年の『AERA』に載った細かい記事(1回目の僧坊取り壊しを撮影したビデオが持ち出された話)が紹介されていたのも嬉しかった。あの頃は、てっきりラルンガルは潰されてしまい、さらに奥地でいつのまにか復活するのでは…と思っていたが、その後いろいろあったものの結果的には、ますます発展? 適応? 進化? を遂げている。その過程と、いま起こっていることを、本書は現地キーパーソンの話も交えて伝えてくれている。
そして、もっとも気になるのは、これからの行方。チベット本土で僧院を訪れると、中国の宗教政策や観光開発と共存できているのか、できてるつもりで実は呑み込まれてしまっているのか、とか、いろいろ考えさせられる。本書で示された可能性がどう形になっていくのか、ラルンガルにかぎらず、現地で追っていきたいなあと思う。それほど有名でなくとも、まだまだ面白い場所はありそうだし。
ラルンガルと並び称される修行地、アチェンガルについても紹介されているのが、こちら。↓
東チベットの宗教空間: 中国共産党の宗教政策と社会変容 (現代宗教文化研究叢書)
- 作者: 川田進
- 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
- 発売日: 2015/03/11
- メディア: 単行本
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そして、心配になってしまうほどの力作ばかり出してくれる出版社、集広舎さんには、これからも超頑張ってほしい!
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アジャ・リンポチェ回想録 モンゴル人チベット仏教指導者による中国支配下四十八年の記録
- 作者: アジャ・ロサン・トゥプテン(アジャ・リンポチェ八世),馬場裕之(訳),三浦順子(監訳),馬場裕之
- 出版社/メーカー: 集広舎
- 発売日: 2017/10/14
- メディア: 新書
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- 作者: ツェリン・オーセル,ツェリン・ドルジェ,藤野彰,劉燕子
- 出版社/メーカー: 集広舍
- 発売日: 2009/10/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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