チベット式

チベットの今、そして深層 by 長田幸康(www.tibet.to)

【本】『チベットの宗教図像と信仰の世界』

ちょっと前の話だが、インスタに書影だけ掲載した『チベットの宗教図像と信仰の世界』(風響社)を読んだ。

https://www.instagram.com/p/B5NAtyCgVGP/

『チベットの宗教図像と信仰の世界』(風響社)。Amazonとかにはまだ掲載されてないようだけど、紀伊國屋書店Webに在庫があったので注文したら、すぐ来た!

 

チベットの宗教図像」といっても、いわゆる仏画ではなく、主に「護符」を扱っている。「お札」「お守り」の類だ。国立民族学博物館(民博)には1384点ものチベット木版画コレクションがあり、そのうち7割が護符だという。

チベットではおなじみの護符だが、研究は珍しい。そもそもチベット人自身が体系的に研究したことがないようだ。正統な(?)仏法や仏画の研究者・実践者方面から見ると、護符は民間の迷信の類であり、研究する価値なんてないと思われていたのかもしれない。そこに日本の研究者たち10人が光を当てたのが本書だ。

お札やお守りだけでなく、護符と同じく魔除け的な機能を持つものとして、「タルチョ」に描かれる「ルンタ」、家屋の外壁や竃周辺に描かれるサソリ、六道輪廻図でおなじみの鬼のような怪物、といった図像についても本書で紹介されている。

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いずれもチベットでよく見かけるものにもかかわらず、というか、むしろあまりに身近だからこそ、なんとなくしか意味を知らなかったりする。上の写真はルンタを描いたタルチョ用の版木。

護符もサソリも、一部のルンタの図柄も、仏教が伝来する以前からあった信仰に由来するようだ。そして、チベット人仏教徒の間でも、昔々からの習俗は自然に受け入れられている。「山の神」とか「土地の神」とか、多種多様な悪魔とか、迷信だと言いながらも、あからさまに拒む人はめったにいない。仏教よりもっと深いレイヤーでチベット人の中に根付いているように思える。

たとえば、2008年、地震があった直後、ラサの家々のドアにヤクと羊の護符が貼られ、左回りの卍(つまり仏教とは逆)の図柄があちこちに描かれるようになった、という話(本書の村上大輔さんの項の冒頭)。ラサのような大都会でも、いざとなると、ふだん心の奥底に隠されていた何かがついつい溢れ出してしまうようだ。いい話だなあ。

https://www.instagram.com/p/BTRHA2oAIUj/

The great Stupa of Nangzhig Bon Monastery, Amdo Ngaba, Eastern #Tibet in February 2009

何を恐れ、何を幸せだと感じるのか、チベット人ならではの精神性が、魔除けの護符や図像には詰まっている。仏教に覆い隠されている何かが見えてくる。そこに目をつけた本書は、だから面白い。気軽に勧められるお値段ではないが、研究者10人それぞれの切り口の論考が一気に読める貴重な1冊だ。

チベットの宗教図像と信仰の世界

チベットの宗教図像と信仰の世界

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 風響社
  • 発売日: 2019/12/01
  • メディア: 単行本