チベット式

チベットの今、そして深層 by 長田幸康(www.tibet.to)

【本】『犬の伊勢参り』(仁科邦男著)

そもそも犬のことを調べていたわけではないのだ。コロナ禍の東京イジメでお盆に帰省できない人が多く、お墓参りの代行が盛況だというニュースを目にしたのがきっかけだった。それなら、お寺や神社の参拝代行もあるんじゃないかと思い、調べている中で偶然見つけたのが本書『犬の伊勢参り 』(仁科邦男著)。ちなみに、墓参り代行はすでに過当競争になっているが、代理参拝はまだ本格的にはマネタイズされていないようなので、どなたか趣味と実益を兼ねて、いかがだろうか? そもそも代理でいいのかという疑問はさておき、需要はあるようだ。

犬の伊勢参り (平凡社新書)

犬の伊勢参り (平凡社新書)

  • 作者:仁科 邦男
  • 発売日: 2013/03/15
  • メディア: 新書
 

そのものズバリの書名。つまり犬がお伊勢参りをしたというお話、しかも実話である。 江戸時代には、みんなでお伊勢参りに出かける「おかげ参り」が全国的に大流行した。猫も杓子もという言葉があるが、犬も伊勢神宮に詣でたという。浮世絵などにも描かれている。

犬のお伊勢参りには、いくつかパターンがあった。オーソドックスなのは、事情があって行けない人が身近な犬に代理参詣(代参)を託したというもの。参詣に行く同じ村の人などに預けるのが一般的だ。これなら別に驚かない。

ステキなのは、犬だけのお伊勢さん単独行! 代参犬だと記した札をぶらさげ、いくらかの旅費をくくりつけて送り出す。すると、お伊勢参りに向かう人たちが見つけ、道中のエサの世話をしながら、宿場から宿場へと送り届けてくれたという。伊勢神宮ではちゃんとお札をいただき、また色々な人たちのお世話になりながら、無事故郷まで帰ってきた。しかも東北地方などの遠方にまで。

中には、村からいなくなった犬が、勝手に伊勢参りに行って帰郷した例もあったという。たまたま人についていったら代参犬だと誤解され、人々の善意によって、図らずも詣でてしまったようだ。

犬の伊勢参り。個人的には、すんなり受け入れられる話だ。犬に信心があったということではなく、人間の側に信心があったのだろう。少し前のチベットには、ほぼ一文無しで聖地巡礼している人がたくさんいた。巡礼者に布施をすることが功徳となるため、だれもが手を差し伸べるからだ。江戸時代の日本にも、そうした信仰心があり、進んで犬を手助けしたのだろう。と想像できる。

しかし、そんなの嘘だろうと思う人も多いようだ。著者は史料をたっぷり駆使して、犬のお伊勢参りは本当にあったんだと明らかにしてくれている。そもそも、犬と僧侶は禁忌とされ、伊勢神宮に近づけなかった時代、僧侶を差し置いて、けっこうな数の犬がお伊勢参りを叶えていたのだ。もう単純に面白い本。

江戸時代には、飼い犬は珍しく、村犬・町犬として、気ままに過ごしていたようだ。明治時代になると犬も管理されるようになり、長距離移動も叶わなくなった。そして、お伊勢参りをする犬は姿を消した。

↓2007年、ラサの北京東路。どこかに運ばれていくチベット犬の哀しげな姿。

 

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犬の伊勢参り (平凡社新書)

犬の伊勢参り (平凡社新書)

  • 作者:仁科 邦男
  • 発売日: 2013/03/15
  • メディア: 新書