チベット式

チベットの今、そして深層 by 長田幸康(www.tibet.to)

【本】『ツァンパで朝食を』(渡辺一枝=写真・文)/チベットのすべてがここにある。

チベットに30年以上通い続けている渡辺一枝さんの最新刊。これまでも『バター茶をどうぞ』『私と同じ黒い目のひと』など、写真がメインの著書は何冊かあったが、『ツァンパで朝食を』は約280ページもあり、ひときわ重い。30年の集大成とも言える紀行写真集だ。

ツァンパで朝食を

ツァンパで朝食を

 

 チベット高原はとても広く、ひとことでチベット文化といっても、地域によって多様だ。草原に暮らす牧民から、農民、都市民、そして僧院で一生を送る僧侶まで、ライフスタイルもさまざま。だれもがバター茶を飲んでいるわけではない。その多様性こそが面白いのだが、すべてを伝えようとすると、とっちらかった感じになりがちだ。

一枝さんはチベット文化圏のほとんどを踏破し、しかもチベット人たちと時間をかけて人間関係を築いてきた。だからこそディテールと全体像の両方を深く知った上で、チベットの衣食住や、チベット人の多様な姿を、あますところなく端的に伝えてくれる。今までの著作もそうだったのだが、大部となった『ツァンパで朝食を』には、なおさらすべてが詰まっている。ページ数に余裕があるおかげで、文章もたっぷり読める。といった意味でも、まさに集大成だと思う。

普通にチベットに行っても、よそいきではない表情や、どうってことのない普段の暮らしは、なかなか見られない。『ツァンパで朝食を』の1枚1枚がとらえた何気ない瞬間は、現地で密度の濃い時間を、しかも長く過ごした一枝さんだから出会えた、実はとても貴重なものなのだ。比べるのも失礼だが、自分が撮った写真をふりかえってみると、何も撮れていないなあと(笑)。

日本が停滞していた30年のあいだに、チベットは大きく変化した。今も変化している。『ツァンパで朝食を』に写っているような姿を求めてチベットに行っても、もう見られないものも多いだろう。変化のスピードは緩みそうにない。だからこそ、この時期で、いったんまとめてくれたのは、くしくも一枝さんと同じ年にチベットデビューし、ついつい「昔はよかったなあ」と思ってしまう私にとって、とても嬉しいことだった。

で、最後に、個人的な細かい嗜好の話で恐縮だが、ノンブルがノド側(内側)にあるのに気づかず、初めはノンブル無しの本なのかと思った。ノンブルを目立たせたくないビジュアルメインの本ではよくあるのだろうか。理系なもので、まず章立てを確認し、全体像を把握してから各論に入っていくという読み方をする習性があり、ちょっと不思議だった。そんだけ。

「ツァンパ」という言葉を、書名に使ったのは日本初だろう。そんな記念碑的な『ツァンパで朝食を』。オススメです。

おまけ↓ ツァンパをこねるの図。

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